2013年08月26日

負債:その5000年の歴史 2-3

DEBT:THE FIRST 5000 YEARS"
CHAPTER 2 The Myth of Barter (3)

第二章 物々交換という神話B

 というわけで、この物語はあまねく知られています。まさに現行の経済システムの創世神話です。それはすでに私たちの常識の中に深く刷り込まれていて、マダガスカルのような地ですら、人々はお金の起源について他の可能性を想像できないほどです。

 問題は、これが実際に起きたことだいう証拠が全く無いこと。そして、そうではなかったと示唆する証拠が膨大に存在することです。

 何世紀もの間、探検家たちはこの伝説の物々交換の地を見つけようとしてきましたが、誰も成功しませんでした。アダム・スミスは物語の舞台を北アメリカ先住民に設定しているようです(アフリカや太平洋の島々を好む経済学者もいます)。たしかに、少なくともスミスの時代のスコットランドの図書館には、ネイティブ・アメリカンの経済システムに関する信頼のおける情報は無かったでしょう。しかし、19世紀半ばにはルイス・ヘンリー・モーガンのイロコイ族の6部族連邦に関する報告が出版されているわけです。そこにはイロコイ族の主要な経済機構はロングハウスであったことが明らかにされています。物資のほとんどはそこに貯蔵され、女性たちの寄合によって分配されました。矢じりを肉の塊と物々交換する、などということはしなかったのです。

 しかし、経済学者たちはこの情報を完全に無視しました。例えば、1871年に貨幣の起源に関する古典的な著作を出版したスタンリー・ジェヴォンズは、鹿肉やらエルクやらビーバーの皮やらを交換するという、スミスの使った例をそのまま採用しています。実際の北米インディアンの生活についての報告を読めば、こうした話が完全にスミスの想像の産物であることが明らかなのに、そうした情報を活用しようとはしませんでした。また、宣教師や冒険家や植民地の行政官らが世界中に進出していった時代、スミスの本を読んでいた者たちは、どこかに物々交換の地があると期待して出かけて行ったのですが、結局、誰もそれを見つけることはありませんでした。彼らは、世界にはありとあらゆる形態の経済システムがあることを知りました。にもかかわらず、こんにちに至るまで、隣人同士の日常の経済的なやり取りの中で「あんたのウシと俺のニワトリ20羽を交換しよう」などと言っているような社会は世界のどこにも発見されていないのです。

 物々交換についての人類学からの決定的な考察は、ケンブリッジ大のキャロライン・ハンフリーによってなされました。その結論はこれ以上ないほど“決定的”です。
「物々交換の経済は存在しない。これはあまりにはっきりしている。今まで記録されたこともなかったし、そこから貨幣が出現したということもあり得ない。民族学的記録のすべてが、そのようなものは存在しなかったと示唆している。」

 ここではっきりさせておきたいのは、物々交換という行為自体が存在しないというわけではないし、スミスが「野蛮人」と呼ぶような人々によって行われていないというわけでもないということです。ただ、それはスミスの例のように、同じ共同体に属する村人同士の間では行われない、ということです。通常、物々交換はよそ者、もしくは敵との間で行われます。

 ブラジルのナンビクワラ族(Nambikwara)の例を見てみましょう。彼らはまさにスミスが例に挙げるような人々です。単純な社会構成で分業化はさほど見られず、多くても100人程度の部族集団に分かれて生活しています。時折、別の部族が煮炊きのためにおこした火を見つけたりすると、使者を送って交換のための会を開く交渉をします。申し出が受け入れられると、女性と子どもを森の中に隠してから、相手の部族の男性たちを招待します。それぞれの部族集団には酋長がいます。全員が揃うと、酋長はそれぞれ相手の部族を褒め称え、自分の部族を謙遜するスピーチを行います。そして全員、武器を置いて一緒に歌い踊ります。このダンスは戦の身振りを模したものです。それが終わると、個人同士の物々交換が始まります。

 何か欲しい物があれば、その持ち主に対して、それがどれだけ素晴らしいか誉めちぎる。相手は、その持ち物を手放したくないか見返りをもっと欲しい場合には、それが貴重だと言う代わりに、くだらない物だと主張する。たとえばそれが斧だとしたら、「この斧はダメだ。古くて鈍っている」などと言うのだ。

 合意に至るまで、こうしたやり取りが、怒ったような声で行われる。話がつくと、それぞれが相手の手から品を奪い取る。たとえば首飾りを交換した場合、それを自分で外して手渡すのではなく、相手が力づくで奪い取らなければならない。一方の集団が忍耐を欠き、完全に話がつくのを待たずに相手から品を奪い取ったりすると、口論が起き、しばしば暴力に発展する。


 最後には女性たちが森から出てきて、盛大な宴が行われます。しかし、ここにも諍いの種があります。音楽と高揚した気分の中で、性的誘惑がさかんに行われるからです。嫉妬から口論が起こり、時には誰かが殺されることもあります。

 これが物々交換の実態です。祝祭的な要素に包まれてはいますが、それは潜在的に敵同士であり、戦争をしてもおかしくない集団の間で行われるものなのです。そして、人類学者の記録のとおりであれば、後になって一方の集団が不当な取引だったと感じた場合には、簡単に本当の戦争が起こります。

 次に、地球を半周ほど回ったオーストラリアの西アーネムランドにスポットライトを移動してみましょう。そこに住むグヌィング族(Gunwinggu)の人々はザマラグ(Dzamalag)と呼ばれる交換の宴で近隣の村の人々をもてなすことで知られています。この儀式では、実際に暴力沙汰が起きる危険性はかなり薄れています。その要因の一つとして、この地域の人々には半族制度による秩序が存在することが挙げられます。どの村の出身者であれ、同じ半族に属する者同士では、婚姻はもちろん、性交もしてはならないという決まりがあります。逆に、属する半族が違っていれば、相手と見なして構わないということです。つまり、ある男性にとって、自分の村であろうが遠く離れた村であろうが、女性の半分とは性行為を禁じられていますが、あとの半分とは遠慮なく事に及べるのです。さらに、この地域には村ごとに特化した交換の品があります。それぞれの村に、他の村と交換するための特別の品があるわけです。

 以下は1940年代にロナルド・バーント(Ronald Berndt)という人類学者が記録したザマラグの様子です。
 ここでも儀式は見知らぬ者同士の間で始まります。最初にいくらかの話し合いがもたれたのち、一方が他方の村に招かれます。ゲストの村は鋸状の刃がついた素晴らしい槍を作ることで知られています。ホストの村はヨーロッパ製の上質な布地を手に入れるルートを持っています。宴はゲストのグループがホストの村の“輪の場”と呼ばれるダンスの場所に入ってくるところから始まります。ゲストの中の3人が音楽を奏で、ホストを楽しませます。2人が歌を歌い、3人目がディジェリドゥで伴奏します。そのうち、ホスト側の女性たちがやって来て、音楽を奏でる男たちに襲いかかります。

 男も女も立ち上がって踊り出す。グヌィングの女性2人は音楽を奏でる男たちと反対の半族に属しており、彼女たちが男たちに「ザマラグを与える」ところから儀式が始まる。彼女たちは男たちに布を差し出し、男たちに触れたり叩いたりする。ついには男たちを地面に引き倒し、「ザマラグの夫」と呼びながら、エロティックな戯言に興ずる。

 これをきっかけにザマラグの交換が始まる。じっと座ったままのゲストの男たちに対し、反対の半族の女たちがやって来て布を差し出し、叩き、性交に誘う。男たちはされるがままだ。歌と踊りは続き、歓声がわき起こる中、女たちは男たちの股間に手を伸ばし、腰巻を解いてペニスに触ろうとする。さらに“輪の場”から引きずり出して性交にいたろうとする。男たちはまるで渋々そうするかのように、ザマラグの相方と共に火に照らされた踊りの場を後にし、離れたブッシュの中で性交する。男は女にタバコかビーズを渡す。女たちは戻って来ると、自分の本当の夫にこのタバコを渡す。夫たちは妻がザマラグに参加することを奨励したのだ。順番がくると、この夫たちもザマラグの相手を得て性交し、このタバコを相方の女性に渡すのである。


 入れ代わり立ち代わり歌い手と伴奏者が現れ、同じように女たちに襲われ、ブッシュの中に引っ張り込まれます。男たちは自分の妻に「恥ずかしがるな」と言ってハッパをかけます。グヌィングのもてなしをしたという評判を保つために必要なことだからです。最終的にはその夫たちもゲストの妻たちと性交します。同じように贈り物を差し出され、叩かれ、ブッシュの中へと誘われるのです。ビーズとタバコが循環します。参加者の全員が少なくとも1度はペアになって性交し、ゲストが手に入れた布に満足すると、女たちは踊りを止めて2列になって立ち、ゲストは彼女たちに代価を払います。

 ゲストの中の一方の半族の男たちが、反対の半族の女たちに踊りながら近づき、「ザマラグを与える」。シャベルのようになった刃先の槍を持ち、まるで女たちを突くような振りをするが、刃の平らな部分で叩くだけだ。「お前たちを槍で突いたりしない。すでにペニスで突いたから。」そう言って槍を女たちに差し出す。次にゲストのもう一方の半族の男たちが、同じような所作の後に、反対の半族の女たちに、鋸状の刃のついた槍を差し出す。これで儀式は終わりだ。続いて大量の食べ物が振る舞われる。

 この非常にドラマチックな記録は、多くの事柄を明らかにしてくれます。グヌィング族はナンビクワラ族の交換儀式と全く同じ諸要素(音楽、踊り、潜在的な敵対関係、性的誘惑)を、ある種の祝祭的なゲームに仕立て上げました。そこでは危険性は大幅に薄められ、バーントが強調しているように、参加者全員が大いに楽しんでいるのです。むろん、背景として、西アーネムランドでは部族間の関係が概ね友好的であることも幸いしているでしょう。

 しかしながら共通しているのは、それらが見知らぬ者同士の間で行われ、おそらくは2度と会うことのない相手だということです。当然のことながら、継続的な人間関係を持つことになる相手ではありません。だからこそ、1対1の交換を行うことが適切なのです。それぞれの側が品を差し出し、それで終わりです。そのためにまず、音楽や踊りなどの快楽を共有することによって、友好的なムードで場を包みます。交換には常にこうした友好的ムードが不可欠です。そして、実際の交換が行われる段になると、じゃれ合うように攻撃する振りを見せることによって、潜在的な敵意が表現されます。見知らぬ者同士の物品の交換においては、常に潜在的な敵意が存在しています。なぜなら、どちらの側も相手を騙すことができ、そうしない理由はどこにもないからです。そしてナンビクワラ族の場合は友好的ムードは壊れやすく、遊戯的な攻撃性の表現が本物の戦いに変わることも珍しくありません。これに対して、性に対しておおらかなグヌィング族は、快楽の共有と攻撃性を、見事に一つの儀式的要素にまとめています。

 ここで経済学の教科書の言葉を思い出してみましょう。「貨幣のない世界を想像してみよう」「物々交換の社会を想像してみよう」云々。上に挙げたような人類学的記録がこれ以上もないほど明らかにしていることの一つは、経済学者の想像力というものがどれほど乏しいかということではないでしょうか。

 なぜそうなってしまうのでしょう?そもそも「経済学」という学問は、靴とジャガイモであれ、布と槍であれ、あらゆる場合において「交換」とは各個人が最も有利な条件を求めて行うものだという前提に立ち、それを対象とすることによって成立しています。そこでは物品の交換は、戦い、情熱、冒険、謎、性、死などとは無関係なものとして抽出されます。経済学においては、人間の行動の様々な領域の間は厳然と区別され得ると考えていますが、グヌィングやナンビクワラの人たちにそんな区別はありません。

 こうした区別はそもそも特定の制度の存在を必要とします。すなわち、警察、監獄、弁護士などです。それらがなければ、互いに相手を好いておらず、継続的な関係性を保とうとする意志が全くなく、相手から最大の利益を得ることだけを考えている者同士が、あからさまに相手の所有物を奪う行為にいたらない理由はありません。そして、さらにこの区分は、私たちの生活が、市場(買い物をする場)と消費の領域(音楽、宴、性的誘惑などが行われる場)にきれいに分割されるという考えにつながります。ここでも、経済学の教科書に登場するような世界観―アダム・スミスがその普及に絶大な役割を果たしました―は今や私たちの常識の一部となってしまっており、別のあり方を想像することすら難しくなっています。

 こうした例から、なぜ物々交換をベースにした社会が成り立たないのかが徐々に明らかになります。もし、そんな社会があったとしたら、そこでは誰もがお互いの喉元に刃を突きつけているようなもので、今にも襲いかかる構えを見せながら、永久に宙吊りになったような状況で生きなければならないでしょう。知っている者同士で物々交換をする例もありますが、その場合も両者の間に相互的な責任や信頼関係は存在せず、継続的な関係を築く意志がない、つまりは他人であっても構わないような相手なのです。例えば、パキスタン北部のパフトゥーン人は盛大なもてなしで知られていますが、彼らが物々交換をする相手は、もてなしの間柄(あるいは血族関係など)に含まれていない人々です。

 男たちは物々交換による取引を好む。それはアダルバダル(adalbadal=give and take)と呼ばれる。男たちは常に自分の持ち物をもっと良い物と交換できないかと目を光らせている。たいていは、同じ物を交換する。例えばラジオを別のラジオと、サングラスを別のサングラスと、腕時計を別の腕時計と、といった具合に。しかし、全く別の物が交換される場合もある。例えば自転車をロバ2頭と、など。アダルバダルは必ず親戚関係ではない者同士で行われる。男たちは相手より有利な条件で取引をすることに大きな喜びを感じる。取引で得をすると彼らはそれを大いに自慢したがる。損をした者は取引を御破算にしようとするか、掴まされた品を誰か何も知らない者と交換しようとする。アダルバダルをするのに最高の相手とは、遠くに住んでいる者で、そうした者は苦情を言いに来る可能性が低いからである。

 こうした不届きな動機による交換は、何も中央アジアに限ったことではありません。スミスの時代から100〜200年前までは、英語の truck and barter (取引・交換)は、「騙す。巻き上げる。盗む。」の意味でした。これはフランス語、スペイン語、ドイツ語、オランダ語、ポルトガル語においても同様です。自分が最大の利益を得るように画策しながら何かを別の何かと直接交換するという行為は、通常、大切に思っていない相手、2度と会うことがないであろう相手との間にすることです。そのような場合、相手を都合のいいように利用するのを思いとどまらせる理由はありません。一方、相手が例えば近所の人であったり、友人であったりした場合、公正にかつ誠実に付き合おうとする気があれば、必ずや相手の個人的な必要や、希望や、状況を考えに入れた上でやり取りするでしょう。たとえ物品を交換した場合でも、あなたはおそらくそれを贈り物だということにするはずです。
(つづく)

posted by snail trail at 16:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 翻訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。石崎ねむると申します。
ぼくも、グレーバーの言っていることに興味があって、本を読んだり、ネットで調べたりしました。
まさか、「負債」の冒頭部の翻訳がネットに出ているとは気づきませんでした。
読んでみたいと思っていたので、翻訳していただいてありがとうございます。

もしよろしければ、ぼくのサイトで、翻訳された「負債」の連載をまとめて、出典を明記のうえ、転載させていただく、ということはできるでしょうか?
あまりアクセス数があるサイトではないですが、ウェブアーカイヴなどがあるとはいえネット上の文章は消えるときもありますし、価値のある文章は広く読まれたほうがいい、と思っておりますので…。

もしよろしければ、メールアドレスにメールをください。このアドレスは頻繁に使うアドレスではないので、場合によっては、返信が遅れてしまうかもしれませんが。

グレーバーに関しては、以下の文章がサイトの中にあります。
「勝利のショック」の転載
http://www.geocities.jp/ishizakinemuru/thoughts/shockofvictory.html
「アナーキスト人類学のための断章」の書評
http://www.geocities.jp/ishizakinemuru/thoughts/graeber.html

では。
Posted by 石崎ねむる at 2014年03月18日 23:20
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