2013年08月18日

負債:その5000年の歴史 2-2

DEBT:THE FIRST 5000 YEARS"
CHAPTER 2 The Myth of Barter (2)

第二章 物々交換という神話A

 とはいえ、彼(※アダム・スミス)は何もないところからこの物語を創作したわけではありません。紀元前330年にアリストテレスがすでに、政治学に関する著述の中でおおかた似たような方向性の考察を行っています。原初においては、それぞれの家族が必要な物すべてを自分たちで生産していたであろう、と。そして、徐々に一部の人々が専門化したと推測される。トウモロコシを栽培する者、ワインをつくる者などが現れ、それぞれの生産物を交換したであろう。そして、そうしたプロセスの中から貨幣が生まれたのだ、とアリストテレスは推論します。しかし、それがどうやって発生したのかについては、この物語を事あるごとに繰り返し語った中世の学者たち同様、アリストテレスも歯切れが悪いのです。

 コロンブスを筆頭に、スペインとポルトガルの冒険家たちが金と銀の新たな源泉を求めて世界中を漁り回っていた頃には、こうした曖昧な物語は聞かれなくなりました。理由は明快、誰も「物々交換の地」を発見しなかったからです。16世紀から17世紀にかけて西インド諸島やアフリカを旅した航海者たちは、あらゆる社会に独自の形態の貨幣があることを当然と心得ていました。なぜならどこに行っても政府が存在し、政府は必ず貨幣を発行していたからです。

 これに対しアダム・スミスは、同時代の常識となっていた知識を断固として覆そうと決意していたようです。彼は何よりも、貨幣は政府によってつくられるものだという認識自体を否定しました。この点でスミスはジョン・ロックのような自由主義的な政治哲学の後継者でした。ロックによれば政府とは私的財産を守るために設立されるもので、そのはたらきに限定される時に最も有効に機能すると論じました。スミスはこの議論を拡大し、私的財産、貨幣、市場などは、政治機構に先立って存在しているものであり、人間社会の根幹を成すものだと強弁したのです。そして、政府が経済活動に対して果たすべき役割があるとすれば、それは通貨の安定性を保証することのみであり、そこに限定されるべきだとしました。このような議論によって彼は、経済学は人間探求のための独立した学問分野であり、自立した原理と法則に従う―つまり、倫理や政治とは関係無く成立する―と主張したわけです。

 スミスの説は詳しく検討する価値があります。何しろそれは、私に言わせてもらえば経済学という学問の創世神話なのですから。

 経済活動の根源にあるものは正確に言って何なのか、とまず彼は問いかけます。それは「人間のある本能的な傾向… ある物を別の物と交換、交易、取引するという傾向である。」動物はこのようなことをしません。スミスは観察を披露します。「犬が別の犬と意図的にかつ公正に骨を交換するのを見た者は誰もいない。」しかし、人間は放っておけば必ず所有物を比較し、交換を始める。それが人間というものだ、と。論理や会話さえ、ある種の交換だと言えるかもしれない。そして、あらゆる営為においてそうであるように、人間は交換という行為からも、自分にとって最も有利な立場と、最大限の利益を獲得しようとする、というわけです。

 この衝動が巡り巡って、人類の文明と偉大なる達成の数々を生んだ、分業というものをつくり出すことになります。ここでまた、経済学者お得意の「どこか遠くにあるお伽の国」が登場します。北米インディアンと中央アジアの遊牧民を合わせたような趣です。

狩猟採集民の部族において、他の者たちより迅速かつ巧みに弓矢を作る者がいるかもしれない。彼はしばしば、作った弓矢を牛や鹿肉と交換する。そして彼は、このような方法を用いたほうが、自分自身で捕りに行くよりたくさんの牛や鹿を獲得できることに気づく。よって、彼自身の利益の観点からも、弓矢づくりがこの者の主な生業となっていく。彼はある種の武器製作者となるのである。別の者は、この部族の住居である小屋や移動式住居の骨組みや被壁などを造ることに長けている。彼は普段からこの能力を隣人たちのために提供し、見返りにやはり牛や鹿肉を得ている。ついに彼もまた自らの利益の観点からこの仕事に専念することを選び、ある種の大工となる。同じようにして、ある者は鍛冶師や真鍮細工師となり、ある者は未開人の衣服の主な材料となる皮をなめす職人となり…

 しかしながら、このように専門の弓矢職人、テント小屋職人などが現れて分業が進むと、問題が起こることに人々は気づきます。ここでもまた例にもれず、話は空想上の未開人から、小さな町の商店に飛びます。

しかし分業化が始まった当初は、交換の力は事あるごとに滞り、ばつの悪い思いをすることになったはずである。ある人が自分が使う以上の何かを持っていて、別の人はその何かが足りていないとする。前者はこの余剰な何かを喜んで手放す用意があり、後者はその一部を購入したいと考える。しかし、もし後者が前者が必要とする物を何も持っていなければ、両者の間に交換は成立しない。肉屋が自分自身で食べきれないほどの肉を店に持っていて、パン屋と酒屋はそれぞれ、これを購入したいと思っている。しかし、彼らには見返りに差し出す物がない。
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このような不便を避けるため、分業が成立した後の社会に生きる思慮深い人ならばつねに、以下のような方法でやり取りを円滑に行おうとしたはずである。すなわち、自分自身の生業による生産物以外に、他の人がそれぞれ自分の生産物と交換することを拒絶しないであろうと考えらえる品を、つねに保有していようと努めるのである。

 つまり、みんな他人が欲しがりそうな物をため込み始めるというわけです。これには矛盾した効果があります。ある時点を過ぎるとその品の価値は下がるはずなのに(誰もが持っていることになりますから)、逆に価値が上がることになります(それが事実上の貨幣になるからです)。

アビシニアでは塩が商いと交換のための共通の品であったという。インドの沿岸部のある地方では特定の種類の貝が、ニューファンドランドでは乾燥した鱈が、西インド諸島の我が国の植民地のいくつかでは砂糖が、その他のいくつかの国ではなめし皮が、こうした役割に用いられていた。さらに、私が伝え聞いたところによると、こんにちでもスコットランドのある村では、職人がカネの代わりに釘を持って、パン屋や酒屋に行くことが珍しくないという。

 そして、ご存じのように、最終的にこの品は貴金属に絞られていきます。金属は、少なくとも長距離の交易においては、通貨として理想的な特長を備えているからです。丈夫で、持ち運び易く、全く等しい価値を持つ小片に分割することができます。

さまざまな国がさまざまな金属をこの用途に用いてきた。古代スパルタ人は鉄を通商のための共通の道具として用いた。古代ローマ人は銅を用いた。裕福な商業国家は例外なく金と銀を用いた。
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こうした貴金属はもともと延べ棒の状態で用いられていた。刻印や鋳造はなされていなかった。
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このような未加工の状態で貴金属を使用することには、2つの大きな問題があった。計量の問題と、試金の問題である。貴金属はわずかな量の差で価値が大きく違ってしまう。正確に計量するためには少なくとも精密な重りと秤が必要になる。とくに金の計量は難しい作業である。

 話がどこへ向かっているかは簡単に分かります。粗雑な金属の塊でも物々交換よりはマシだ。しかし、例えば金属片に重さと品質を示す刻印を施し、統一的に保証することで、普遍的な単位を確立すればさらに便利ではないか?もちろん、そうでしょう。かくして貨幣鋳造が生まれた、というわけです。鋳造貨幣を発行するということは、政府が関与するということです。鋳造所はどこでも政府が運営しているわけですが、この物語のスタンダードなバージョンでは、政府の役目は1つだけということになっています。すなわち、貨幣の供給を保証することです。しかし、この役目は大抵、悪用されます。歴史を通じて、私腹を肥やすために貨幣の質を落としてインフレを起こしたり、政治的な騒乱を起こしたりした王は枚挙にいとまがありません。経済学的には簡単な常識に過ぎないことなのに。

 この物語は経済学という学問の基礎を築くのに不可欠な役割を果たしただけでなく、“経済”という道徳とも政治とも独立した、自律的規則に基づいて運動する何かが存在するのだという理念そのものを打ち立てたのです。そして、その“経済”こそが経済学者の研究対象なのである、と。
“経済”こそ、われわれ人類が生来の本能に従って取引と交換を行う場である。われわれは今も取引と交換に興じている。これからもそうだろう。そして貨幣とはそれを最も効果的に行うための手段なのだ、というわけです。

 のちにカール・メンガーやスタンレー・ジェヴォンズらがこの物語に改良を加えました。それぞれ異なった欲求を持つランダムな構成の人間集団において、いずれ1つの商品が貨幣として用いられるようになるばかりか、統一された価格システムがつくられることを、さまざまな数式を導入し、理論的に示したのです。彼らはさらに、たくさんの見栄えのいい述語を使った言い換えをしました(例えば「不便」→「取引コスト」)。ここで重要なのは、結局、この物語が多くの人々に常識として受け入れられたということです。学校の教科書や博物館では子どもたちにもそれを教えています。誰でも知っている話です。「むかしむかし、人は物々交換をしていました。とても大変でした。だから人々は貨幣を発明しました。そしてあとになって銀行業と金融が発達しました。」そこで描かれるのは時代が下るにつれて洗練度と抽象化が進むという、単純明快な進歩の図式です。人類は石器時代のマストドンの牙の交換から、株式市場、ヘッジファンド、デリバティブ証券化へと着実かつ合理的に歩んできたというわけです。

 本当にどこに行ってもこの物語に行き当たります。お金のあるところ、この物語があるのです。あるとき、私はマダガスカルのアリヴォニマモの町で、カラノロにインタビューをする機会を得ました。カラノロとは、地元の霊媒師が秘密の箱の中に入れて家に隠しているという、小さな霊的存在だそうです。それはもともと、地元の高利貸しだったノーディーンというひどい女性の兄弟のものだったということで、正直、私はそんな一家と関わりを持ちたくなかったのですが、友人たちに説得させられました。何しろ、太古から存在し続けている霊と話ができるなんてめったにないことですから。カラノロはついたての向こうから、霊媒師の口を借りて、この世のものとは思えない不気味な震える声で話をしました。しかし、よくよく聞いていると金のことしか興味が無いようです。私は芝居がかったやり取りに少々うんざりしてきて、こう訊きました。「大昔、あなたがまだ生きていた頃は、お金の代わりに何を使っていたんですが?」

 不気味な声はすぐに答えました。「いや、金などというものはまだ無かった。いろいろな品を直接交換したのじゃ。あれをこれ、これをあれと…」

(つづく)




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2013年08月06日

負債:その5000年の歴史 2-1

"DEBT:THE FIRST 5000 YEARS"
CHAPTER 2 The Myth of Barter (1)

第二章 物々交換という神話@

複雑で微妙な問題には必ずや単純明快な答えがあるものだが、それは往々にして間違っている。H.L.メンケン

単なる義務―すなわち特定の仕方で振る舞わなければならないとか、場合によっては誰かに借りがあるとする意識―と、負債の違いとは、端的に言って何なのでしょう?答えは簡単:金です。負債と義務の違いは、負債は正確に数量化できると言う点にあります。これには貨幣が必要です。
貨幣が負債を可能にするばかりではありません。貨幣と負債は、全く同時に登場したのです。文字による最古の記録の一つに、メソポタミアの書字盤があります。そこには寺院を貸主とする貸し付けや配当、土地の借地料などが、穀物と銀の数量として正確に記載されていました。そして、最初期の道徳哲学/倫理学の仕事とは、道徳を負債として(つまり金に換算して)とらえるための考察でした。
負債の歴史とは貨幣の歴史そのものなのです。人間の社会における負債の役割を理解するための最もシンプルな方法は、貨幣がこれまでどのような形態を取り、どのように使用されて来たか、そしてその意味についてどのような議論がなされてきたかをたどることです。ここでは必然的に、私たちが慣れ親しんできたものとはかなり違った貨幣の歴史が語られることになります。経済学者が考える貨幣の起源においては、負債は後から登場するものでしかありません。初めに物々交換ありき。そして貨幣がつくられ、後に信用貨幣(クレジット)が発達する、と。ことはフランスだろうと、インドだろうと、中国だろうと一緒です。そうした地域での貨幣の歴史に関する書物を紐解いても、出てくるのはたいてい鋳造制度に関する話ばかりで、クレジット制度に関する議論はほとんどありません。もう一世紀近く前から、私たち人類学者はこの構図に大きな誤りがあることを指摘してきました。世界中のコミュニティーや市場で私たちが実際に観察することのできる経済活動の有り様は、経済史が提供するスタンダードな説とはかけ離れています。どこの共同体でも、それぞれの人が他の人に対して実に様々な形の負債を負っており、ほとんどの取引は通貨を使用せずに行われているのです。
この食い違いはどこからくるのでしょう?
物理的証拠の残りやすさという自然の摂理もあります。硬貨は考古学的エビデンスとして残りますが、貸し借りの約束はそうはいきませんから。しかし、ここにはもっと深い問題もあります。経済学者にとって貸し借りと負債の存在は、昔からある種スキャンダラスなものとして扱われてきたのです。なぜなら、金を貸したり借りたりする場合、それが純粋に経済的な動機から行われていると考えることは不可能に近いからです(例えば赤の他人に金を貸すことと、従兄弟に金を貸すことを全く同じに考えることはできないでしょう)。だからこそ、貸し借りと負債を完全に消し去った世界から始めることが必要だったのです。人類学の手法を用いて貨幣の真の歴史を再構築する前に、私たちは従来の説のどこが間違っているのかを理解する必要があります。
経済学者はたいてい、貨幣には三つの機能があると言います。交換の手段、価値の尺度、そして価値の貯蔵です。どんな経済学の教科書でも、貨幣の第一義的な機能は交換手段であるとしています。以下は典型的な例として"Economics"by Case, Fair, Gartener, and Heather(1996)からの抜粋です。

貨幣は市場経済が機能するために必須である。貨幣がなければどんな生活が待っているか想像してみるといい。貨幣経済でなければ物々交換するしかない。商品やサービスを他の商品やサービスと、貨幣と云う媒介を介さず、直接交換するのだ。
物々交換のシステムがどのように機能するか見てみよう。例えば、朝食にクロワッサンと卵とオレンジジュースが欲しかったとする。だが、食料品店に行ってこれらの品物を金を使って買うことはできない。あなたはそれらの物を所有していて、かつ交換することを欲している誰かを探し出さなければならない。さらに、あなたはそのパンを焼いている人、オレンジジュースを提供できる人、そして卵を持っている人が欲しがっている何かを持っていなければならない。たとえあなたが鉛筆を持っていたとしても、向こうがそれを欲していなければ交換は成立しない。
つまり、物々交換のシステムでは、交換が成立するために二重の偶然が必要となる。つまり私は、私が欲するものを所有している誰かを探し出さなければならないばかりか、その誰かが私が所有しているものを欲していなければならない。比較的、未発達な経済においては交換される商品の範囲が狭く、そのような条件を満たす相手を見つけるのは難しくないため、しばしば物々交換に基づく経済が機能している。

最後の主張は甚だ怪しいものですが、あまりに曖昧な言い方のため、まともに反論することさえできません。

数多くの商品が存在する複雑な社会においては、物々交換のシステムは耐え難いほど手間がかかる。日頃、食料品店に行って買って来るものすべてについて、それらを所有し、しかもあなたが持っているものと交換したいと思っている人を探さなければならないとしたらどうなるか、想像してみるといい。
双方の合意に基づいた交換の媒介(支払いの手段)があれば、二重の偶然によって双方の欲望が合致しなければならないという問題は、きれいに片が付く。

ここで強調しておく必要があるのは、この主張が実際に起きたことを述べているのではなく、想像力の産物として提示されていることです。

「交換の媒介の存在が社会にとってどのような利益をもたらすかを知りたければ」「物々交換による経済を想像してみるといい
(Begg, Fischer, Dornbuch "Economics"2005)

「現代社会において、あなたの労働の成果を誰か他の人の労働の成果と直接交換しなければならないとしたら」「どのような困難に見舞われるか想像してみるといい
(Maunder, Myers, Wall, Miller "Economics Explained"1991)

「あなたは雄鶏を所有しているが、薔薇が欲しいと思っている」「そんな状況を想像してみよう
(Parkin, King "Economics"1995)

このような例は枚挙にいとまがありません。こんにち、おおかたすべての経済学の教科書が同じようなやり方でこの問題を扱っています。歴史的に見て、かつて貨幣が存在しない時代があったことは明らかである、と彼らは言います。それはどのような社会だったろう?こんにちと同じような経済から貨幣を取り去ってみたらどうなるだろう。恐ろしく不便に違いない!だから人々は効率よく交換するために貨幣を発明したのだ、と。
経済学者の語る貨幣の物語は、いつも“物々交換”というお伽の国から始まります。では、この空想の国はいつ、どこに設定されているのでしょうか。原始時代の穴居人でしょうか?太平洋の孤島の住民でしょうか?それともアメリカ開拓民?経済学者Joseph Stiglitz と John Driffill の本は、私たちをニューイングランドか中西部にあるような空想の田舎町へと誘ってくれます。

小さな町の中で、昔ながらの農夫が、鍛冶屋や、服屋や、食料品店や、医者などと物々交換しようとするところを想像してみよう。簡単な物々交換でも成立するためには二重の偶然によって需要の一致を見なければならない。ヘンリーはジャガイモを持っていて靴を欲しがっている。一方、ジョシュアは要らない靴を持っていて、ジャガイモを欲しがっている。こんな状況なら物々交換で双方が満足することができる。しかし、ヘンリーが持っているのが薪で、ジョシュアはそれを必要としていないとなったら、他のたくさんの人々を巻き込んで、多元的な交換を試みるしかないだろう。貨幣はこうした多元的交換を簡便に行うための手段となる。ヘンリーは誰かに薪を売って金を得て、その金でジョシュアの靴を買えばいいのである。

またしてもここで登場するのは、現代社会と同じように機能しながら、貨幣だけが存在しないという空想の国です。これは全く無意味な空想です。貨幣経済の存在しない場所で食料品店が開けるわけはありません。どうやって仕入れをするのでしょうか?まあ、それは置いておきましょう。経済学の教科書を書く人たちが、どうしてもこの“物語”を繰り返し語りたがるのには単純なワケがあります。これは経済学者にとって後にも先にも最も大切な物語なのです。1776年、ほかならぬこの物語を語ることによって、グラスゴー大学の道徳哲学の教授だったアダム・スミスが経済学という学問を生んだのですから。

(つづく)





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2013年02月03日

負債:その5000年の歴史 1-4

"DEBT:THE FIRST 5000 YEARS"
CHAPTER 1 On The Experience of Moral Confusion (4)


第一章 よくある道徳的混乱 C

広虫女の物語は、責め立てられる立場の者が、それを相手に突っ返してやりたいという衝動を見事に表しています。死んだ金貸しとロバの話と同様、そこでは排泄物、動物、そして恥辱という要素が強調されています。明らかに、債務者が常に感じさせられている恥と不名誉を、債権者に経験させてやろうという、詩的な正義(poetic justice)が意図されているのです。それは、やはり同じ質問、「本当は誰が誰に対して、どんな借りがあるのか」と問うための、より生々しく鮮やかな方法だと言えるでしょう。

と同時に、それは「本当は誰が誰に対して、どんな借りがあるのか」という問いを発した瞬間に、人が債権者の言語で語り始めるということを如実に示しています。私たちが借りた金を返済しなければ「馬か牛に生まれ変わることで負債を償うことになる」のと同じように、無理を言う債権者もまた「償う」ことになるのだ、と。そこでは、カルマによる因果さえもが、商取引(business deal)に還元されてしまいます。

これこそが、本書の核心となる問いです。道徳や正義の意識が商取引のことばに還元されてしまうという事態は、いったい何を意味しているのか?「義務」を「負債」に還元するということはどういうことか?一方が他方に転じたとき、いったい何が変わるのか?そして、市場によってあまりに多くを形成されている言語で、私たちはそれをどう語るのか?あるレベルでは、義務と負債の違いは、単純で歴然としています。負債とは、特定の額の金を支払う義務のことです。そのため負債は、他の形態の義務と異なり、正確に数量化することができます。このことによって負債は、シンプルで、冷たく、非個人的なものとして扱うことができるようになり ― 結果として、移行可能になります。誰かに何かしてもらった借りがある、あるいは命の恩人だ、などという場合、それはその特定の“誰か”に対する借りです。ところが、元金4万ドル金利12パーセントのローンがある、などという場合、実のところ貸し手が誰であるかに意味はありません 。さらに貸し手も借り手も、相手が何を求め、何を必要とし、どこまでの能力があるのか、などいうことを考える必要がなくなります。恩や、敬意や、感謝を負っているのなら、当然考えるであろうことです。人間的な結末について考慮する必要もなくなります。元金や、収支や、違約金や、利率の計算さえしていればいいのです。家を手放し、土地を追われて流れ者となろうが、娘が鉱山で体を売って働くことになろうが、不幸なことかもしれませんが、債権者にとってはどうでもいいことです。金は金、取引は取引というわけです。

この視点から見たとき重要になってくるのは ―  本書においてかなりのページを割いて探究することとなるでしょうが ― 道徳を非個人的な数値に変えてしまう金の力です。これによって、本来ならあまりに非道でぞっとするような行為さえ正当化されてしまいます。これまで私が強調してきた暴力という要素さえ二次的なものに見えてくるかもしれません。「負債」と単なる道徳的義務の違いとは、債務者の所有物を差し押さえたり、足を折るぞと脅したりすることで強制的に義務を遂行させる武装した男たちがいるかどうかではありません。端的に言って、債権者が負債を数量的に明示できる手段を持っているかどうかなのです。

とは言え、仔細に見ていけば、これら二つの要素 ― 暴力と数量化 ― は緊密に連携していることが明らかです。実のところ、一方だけで成り立っている例を見つけるのは不可能に近いでしょう。フランスの金貸しの話に登場する有力者の友人たちは、教会の権威にさえ楯突くことができました。そうした力を行使しなければ、事実上違法に貸した金を、回収することなど不可能ではないでしょうか?広虫女は債務者に徹底的に厳しく当たりました ― 「情け容赦がなかった」 ― しかし、彼女の場合、夫が郡司だから、強気で通すことができたのです。バックに武器を持った男たちがいない者に、そのような厳密な態度を固持する贅沢は許されません。

暴力、あるいは暴力を用いるという脅しによって、人間関係を算術に変えてしまうやり口は、本書の話の流れの中で何度も何度も繰り返し登場することになるでしょう。突き詰めていくと、負債という主題につきまとうあらゆる道徳的混乱は、すべてそこから発しています。そこからくるジレンマは、文明そのものと同じくらい古いものです。古代メソポタミアの最も古い記録の中にそのプロセスを見ることができますし、そのもっとも古い哲学的な表現がヴェーダの中に見られます。有史以来、無限の変奏を生み出しながら繰り返し現れ、現代の社会制度の根幹に今も流れています。国家と市場、自由/道徳/社会性などについての私たちのもっとっも根本的な思考が、戦争と征服と奴隷制によって形作られてきました。そして私たちはそのことを認識することすらできません。他のやり方で物事を想像することすらできなくなっているからです。

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負債の歴史を再検証してみる必要性が、今、ことさらに高まっていると考えるのには、ある明白な事情があります。2008年9月に始まった金融危機は、世界経済のすべてをあわや止めてしまうところまでいきました。実際、あの時、世界経済は様々な局面で止まってしまったのです;船は海を航行するのを止め、何千、何万隻もが乾ドックに入れられました。建設用クレーンは解体され、ビルの建設がストップしました。多くの銀行は貸付を行わなくなりました。このことの余波を受けて、社会全体に怒りと当惑が広がったばかりでなく、負債とは何か、金とは何か、そして国の命運をも握るようになった金融機関のあり方を問う、社会的な議論が実際に始まる機運が高まりました。

しかし、それはほんの一瞬のことでした、議論は結局、実現しなかったのです。

人々がそのような議論を受け入れる気になった理由は、それまでの10年余り聞かされてきた話が、とんでもない大嘘だったということが目の前で明らかになったからです。他にマシな言い方などありません。それまで何年もの間、人々は高度にソフィスティケートされた金融技術革新について聞かされてきました;商品先物取引、クレジットデリバティブ、不動産抵当証券担保債券(CMO)デリバティブ、ハイブリッド証券、債務スワップ、等々。こうした新しいデリバティブ市場はあまりに複雑すぎるため、ある投資信託会社では取引プログラムを担当させるために宇宙物理学者を雇ったという、まことしやかな噂があるほどです。金融の専門家ですら歯が立たないほど複雑になってしまったというわけです。

ここには明らかなメッセージがあります:そういったことは専門家に任せておきなさい。自分で理解しようとしても絶対に無理。金融資本家がどんなにいけ好かない連中であろうと(この点についての異論はほとんど聞かれませんでしたが)、有能なのは間違いない。実際、彼らは超人的なまでに優秀であり、ゆえに金融市場を民主的に監督することなど、どだい無理なことなのだ、と。(知識人にも尻馬に乗った者が大勢いました。2006年と2007年に学会に出席したときのことをよく覚えています。流行に敏感な社会理論家たちが、最新の情報テクノロジーとリンクしたこうした新しい形態の証券取引は、時間や可能性、さらには現実そのもののあり方をも変容させるシフトの到来を告げるものだ、などと主張する論文を発表していました。「アホか!」と思ったのを覚えています。まさにそうでしたが。)

すべてが崩壊した後に振り返ってみれば、そうしたものの多くは恐ろしく手の込んだ詐欺以外の何ものでもなかったことが明らかです。その事業の内実は、以下のようなものです;最終的に必ず不履行となるよう設計された不動産ローンを貧しい家庭に組ませる;デフォルトするまでどれくらいかかるかを賭けの対象にする;賭けと抵当をパッケージにして機関投資家に売る(債務者が老後の資金を預けている銀行かもしれません);何があっても儲かると太鼓判を押し;証券を通貨のように流通させるよう投資家を促し;賭け金を支払う責任を巨大な保険コングロマリットに転嫁し;そこが最終的な負債を抱えきれずに沈むようであれば(当然そうなります);人々の血税をもって救済する。
別の言い方をすれば、これは1970年代後半に銀行がボリビアとガボンの独裁者に金を貸した際の方法を恐ろしく複雑にしたやり口です。すなわち、全くもって無責任な貸付を行い、その事実が判明すると、政治家や官僚たちが大慌てで、何があっても払い戻しが行われるよう保証するというわけです。たとえそのためにどれほど多くの人々の命と生活が蹂躙され、破壊されることになろうと。

違いは、今回、銀行はそれを信じがたい規模で行ったということです。彼らがつくり出した負債額は世界のすべての国のGDP(国内総生産)を合わせたものより大きかった ― そして、そのことで世界はきりもみ降下を始め、もう少しでシステムそのものを破壊するところでした。

軍や警察は、暴動や混乱が起こることを予測して準備しましたが、そうした事態にはなりませんでした。システムのあり方が大きく変わることもありませんでした。当時、資本主義そのもであるような企業(リーマンブラザース、シティバンク、ゼネラルモーターズ)が崩れかかり、彼らが主張する並外れた英知がすべて嘘だったことが判明したことで、少なくとも負債と金融機関についての広範な議論を一からし直すことになるだろうと、世界中の人々が期待しました。そして、それが議論だけでは終わらないことを。

アメリカ国民の多くはラディカルな解決策を受け入れる用意があるように見えました。世論調査によれば、国民の圧倒的多数は、経済にどんな影響を及ぼす結果になろうと金融機関を救済すべきではないと考えていました。そして、悪質なローンをつかまされた一般の人々をこそ助けるべきだと。これはアメリカ合衆国では珍しいことです。植民地時代からこのかた、アメリカ国民は債務者に同情心を持たない国民でした。アメリカはほとんどが国を逃れた債務者たちが入植してできた国であることを考えると、これはある意味で奇妙なことですが、「道徳とは負債をきちんと支払うことである」という考えがどこよりも深く浸透している国なのです。植民地時代、債務を焦げ付かせた者は、耳を釘で杭に打ち付けられました。アメリカ合衆国で破産法がつくられたのは、世界的に見ても非常に遅かった;1787年アメリカ合衆国憲法で、新政府に破産法をつくるよう課しているにもかかわらず、1898年にいたるまで、破産法をつくるための動きはすべて「道徳的見地から」退けられていたのです。

まさに画期的な変化でした。そうであったからこそ、おそらく、メディアや議会において問題提起する立場の人間たちは、「今はマズい」と判断したのでしょう。合衆国政府は、3兆ドルのバンドエイドで傷口を覆って、あとは何も変えませんでした。銀行は救済されました。小口の債務者は、ごくわずかな例外を除いて、補償されませんでした。それどころか、30年代以来の大不況のさなかに、すでに彼らに対するバックラッシュが始まっていました。政府によって救済された金融機関が政府に働きかけ、財政の立ち行かなくなった一般市民に対して全力で法を執行するようにさせたのです。ミネアポリス-セントポールの『スタートリビューン』紙の記事には、「金を借りることは犯罪ではない。なのに、返済が滞ったことを理由に人を投獄することがふつうに行われている」とありました。ミネソタでは、「債務者に対する逮捕令状の使用はこの4年間で60パーセント増加し、2009年には845件を記録した。イリノイ州とインディアナ州南西部では、裁判所命令の負債返済日に遅れたという理由で債務者を刑務所に送る裁判官もいる。極端なケースでは、ある程度の支払額を用意できるまで拘留され続ける場合もある。1月(2010年)には、イリノイ州ケニーの男性が、材木置き場の地代300ドルを用意できるまで「無期懲役」を言い渡された。」

別の言い方をすれば、かつての債務者の監獄のようなものが再び出現しようとしているのです。その一方で、根本的な議論は止まったまま、金融機関の救済に対する大衆の怒りは上げ足の取り合いで支離滅裂となり、私たちは次の金融カタストロフに向けて不可避的に転がり落ちていくようです ― 私たちに考える余地があるのは、あとどれくらいでそれが起きるのかということだけでしょう。

今となってはIMF―今やグローバル資本主義の良心として自らを再定義しようとしていますが―さえもが、このままのコースで進んでいけば、次の危機が起きたときには救済は来ないだろうと、警告を発しています。人々はもはやそのようなことを許しはしないだろう。そして、その結果、本当にすべてが崩壊してしまうだろう、と。ある記事の見出しにありました;「IMF 2度目の救済は"民主主義を脅かす”と警告」(もちろん、彼らの言う「民主主義」とは「資本主義」のことなのですが。)グローバルな経済システムを動かしていることを自認し、ほんの数年前はそのシステムが永久に存続するかのように振る舞っていた人々でさえ、今やいたるところに黙示録のラッパの音を聞いているというのは、考えさせられる事態です。

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今回に関しては、IMFの言い分には理があります。私たちが時代の転換点に来ていると信じずるに足るありとあらゆる理由があります。

私たちには周囲の世界で起きていることを、全く新しい事態だと考えたがる傾向があります。マネーの世界ではことさらにそうです。バーチャルマネーの出現、現金がカードになり、ドルが電子的な信号データになることが、かつてない革新的な金融の世界への扉を開いたのだという話を、何度聞かされたことでしょうか。こうした、かつてない領域に突入したのだという思い込みが、ゴールドマンサックスやAIGといった手合いに、自分たちの最新金融インスツルメントは常人の理解を超えたすごいものなのだと人々に容易に信じさせることができた背景にあります。しかし、もっと広い歴史的な視点から見ると、バーチャルマネーは決して新しい物ではないことがすぐに明らかになります。実のところ、それは貨幣の原初的な形態であり、文明の起源そのものと同じくらい古いものです。確かに、貨幣についての2つの支配的な見方があり、時代によってその2つの間を行き来しているのが分かります。地金主義 ― 金や銀こそが貨幣そのものであると見る立場 ― と、貨幣を抽象的なもの、商取引のためのバーチャルな単位と見なす立場です。しかし、歴史的に言って、クレジット貨幣が先に来ます。私たちがこんにち目撃しているのは、例えば中世ヨーロッパ、あるいは古代メソポタミアにおいては当たり前と考えられていた見方への回帰なのです。

歴史は、これからどんなことが起こるかに関するヒントも与えてくれます。例えば;過去のバーチャルなクレジット貨幣の時代においては、必ずと言っていいほど、すべてが滅茶苦茶にならないようにするための制度がつくられてきました ― まさしく現在そうなっているように、貸し手が官僚や政治家と手を組んで人々からすべてを搾り取ったりしないようにするためです。それには、債務者を保護する制度の創出が伴います。私たちのクレジット通貨の新時代の幕開けは、全く逆向きにことが進んでいるようです。それは、債務者ではなく債権者を保護するIMFのようなグローバルな機構をつくることから始まったのですから。同時に、ここで問題にしているような歴史的スケールにおいては、10年とか20年は意味を持ちません。これから何が起こるのか、私たちにはほとんど手掛かりがありません。

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本書は負債の歴史についての本です。同時に、本書ではその歴史を、人間と社会のありようと、そのあり得べき姿を照射するのにも使います。私たちは互いに何を負っているのか、そもそもこの問いを発することは何を意味しているのか。

というわけで、本書ではまず、いくつかの神話に風穴を開けることから始めます。第2章で取り上げる「物々交換という神話」にとどまらず、神や国家に対する“原初の”負債という強力な神話にも言及します ― それらはさまざまな意味で、経済、そして社会とは何かに関する私たちの“常識”を形成する土台にかかわる神話です。

その“常識”に基づく見方では、〈国家〉と〈市場〉が正反対の原理として相対しながら、すべての上に君臨していることでしょう。しかしながら、歴史的な事実が明らかにするのは、その2つが同じ起源から生まれ、常に分かちがたく関連し合っているということです。そして、こうした“神話”に共通するのは、あらゆる人間的関係を〈交換〉に還元してしまうという傾向だということが分かってきます。あたかも、私たちの社会とのつながり、あるいは宇宙とのつながりでさえ、ビジネスと同じタームで説明できるとでもいうように。

では、〈交換〉以外に何があり得るのか?という問いが持ち上がります。第5章では、人類学の成果を引きつつ、経済生活の道徳的基礎についての考えを論じることで、その答えへの導入を提示します。
次に、貨幣の起源へと戻り、〈交換〉という原理そのものが大部分、暴力の結果として生じたこと ― 貨幣の真の起源は犯罪と賠償、戦争と奴隷制、名誉、負債、買戻しにあることを示します。
そこからさらに、第8章では、時代によってバーチャル貨幣と実質貨幣の間を大きく行き来してきた、過去5000年におよぶ負債と貸金の歴史を論ずる道が開けます。

本書で語られる発見の多くは、全く予想外かもしれません。近代の権利と自由に関する考えの起源が、古代の奴隷の法律にあること。投資資本の起源が中世中国の仏教にあること。よく知られたアダム・スミスの議論の多くが、中世ペルシャの自由市場理論家の仕事から生まれたと考えられること(偶然にもこの話は現在のイスラム世界の政治的主張を理解する上で興味深い視点を提供してくれます)。

こうして、資本主義と帝国に支配されたこの5000年の歴史に対する全く新しいアプローチを試みるための舞台が整います。そして私たちは、こんにちの状況において何が賭けのテーブルに上がっているのかについて、少なくとも問いを発することができるようになるはずなのです。

もうずいぶん長いこと、知識人の間では、「大きな問い(Great Questions)」を発することはしないというコンセンサスがあったように思います。しかし、もはやそれを避けて通ることはできなくなりつつあるのではないでしょうか。


posted by snail trail at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 翻訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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